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徳倉です。
今日は移住にまつわるエトセトラ③の「親(おじいちゃん・おばあちゃんについて)」について書きます。
※これまでの移住エトセトラ一覧
当然ではありますが、私たちの子どもから見ると「おじいちゃん・おばあちゃん」、私たちから見ると「両親」となります。
故郷に移住する際にやはりこの両親の存在も大きな判断材料でした。
このときに主に考えたことは単純に3つ。
①これから何度自分の(そして妻の)両親と一緒に食事をするのだろうか?
②将来介護になった場合の判断。
③孫とおじいちゃん・おばあちゃんの時間はどのくらい取れるのだろうか?
①両親との食事の回数
私は何回自分の(妻の)両親との食事を一緒にとれるのかざっくり計算しました。
私の父は65歳で平均寿命付近(80.21歳)まで存命してくれる前提でも15年。
仮に関東で住んでいて、盆と正月2回の帰省で年間10日として双方の実家にとなると年間5回くらい食卓を囲めば良い方かなと思います。
とすると残り75回。(あくまで健康であってという前提です)
1年間に1日3食として1095回の食事、15年で16425回の食事のうちの75回。
これが多いか少ないか。
判断はそれぞれだと思いますが、私たちはこの回数を増やしたいと思ったのでした。
②介護の問題
これからの日本は大介護時代に入ります。
75歳以上で見ると約30%の割合で要支援・要介護認定を受けていることがわかります。
※内閣府高齢者白書を参照
ということは、現在夫婦双方の両親が健在であるわが家は確率でいえば10年後には誰か1人は要支援・要介護の状態になっていることは避けられない状況であることもわかりました。
10年後と言えば、子どもたちは高校・中学・小学校高学年と3人ともにそれぞれ多感で大切な時期。
そのタイミングで、おじいちゃんのおばあちゃんの介護があるからと一家で移住するのはあまり現実的ではないのではないかと私たちは想像しました。
③孫とおじいちゃん・おばあちゃんとの時間
現在、孫とおじいちゃん・おばあちゃんの関係は良好のようです。
走る・蹴る・跳ぶなど体を使った遊びは難しい場合もありますが、映画を観たり、ちょっと親と離れてドライブしたり、生活面ではお風呂に入ったり、両親と離れて眠ってみたりと両親とは違う感覚で大人と触れ合い、愛情を注いでもらう存在があることは双方にとっても幸せなことではないかと考えました。
これはもちろん夫婦の時間を作るという副次的な要素や、共働きであるわが家の万一の際のリスクヘッジにもなるのかなもと考えています。
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これまで書いたことはあくまでもわが家の事例・わが家の判断であり選択したくてもできない状況や環境にある方がいらっしゃるのも理解しています。
ただ、わが家が故郷に移住を決めた理由の大きな一つに挙げられる将来の介護リスクや、一緒に過ごす時間もしっかりと記すことで、また皆さんの家族のあり方や関わり方を考えるきっかけになればと思っています。
今日はこの辺で。

